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Glandageグランダージュ村〜Les Maillefauds レ・マイユフォー〜La Viereラ・ヴィエール集落

この地を進軍した状況ハンニバルは?

ハンニバル軍が峡谷で襲撃され、逃げ延びた盆地。何かありそうな近隣の集落・・ハイキング・・

   【フランス:Rhone-Alpsローヌアルプ地方(Dromeドローム(26)県)】  [北村 峠一].(Kitamura)      


【青線:Dieディーの宿をベースに巡ったルート(2019年) 】


●Glandageグランダージュ村


 「ガ峡谷」の長く不気味な、岩に囲まれた道をやっと抜け、明るい盆地に出ました。ここが Glandageグランダージュ村(海抜880m) です。

【Glandageグランダージュ村】

 前回、2002.6.8にも感じたのですが、
こここそ ハンニバルの兵士たち・そして動物たちでさえ・・
「谷の岩の上から急な襲撃を受け、何とか生き延びて、やっと明るい盆地に出られた」
「助かって良かった」・・という気持ちになったはず・・と感じた場所・村なのです。

村の入り口で駐車し、まず村の中心にある教会へ・・小さな村の割には、歴史がありそうな入口の装飾(Portalポータル/Facadeファサード)・・ドアは今回もカギがかかっていて、入れませんでした。

Glandage
【正面にあるのが L’eglise Saint-Pierre-et-Saint-Paul de Glandage サン・ピエール & サン・ポール・ド・グランダージュ教会です】

Glandage Glandage
【歴史を感じる教会の入口の彫刻類()】

●Glandageグランダージュ村
・Glandage=「ドングリ」(フランス語)に由来
・中世では、どんぐりの権利は、豚にどんぐりを食べさせることができるように、領主が農民に オークを植えてよいという許可だった。
・L’eglise Saint-Pierre-et-Saint-Paul de Glandage サン・ピエール・エ・サン・ポール・ド・グランダージュ教会は、シャティヨン近くのGuignaiseギネーズ修道院に属する小修道院の教会で、1242年頃建造、宗教戦争で破壊された中世の教会を 17〜18 世紀に再建。
「木を植えた男」の作家 Jean Gionoジャン・ジオノ(1895-1970)は、近隣の町に滞在した。彼の作品中にグランダージュ村の挿絵を描き、村を「Clostreクロストル」という名前で呼んでいる。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Glandage
https://mairieglandage.fr/presentation-de-la-commune/
https://mairieglandage.fr/monuments/

●過去のこの場所通過の旅メモ
・2002.6.8:Clelles/Mt.Aguille クレルの村/モンテギーユ山(2泊)  ⇒ Col de Menee ムネ峠(1457m)  ⇒ St.Roman/Chatillon-en-Dioisサン・ロマン/シャティヨン・アン・ディオワ  ⇒ Gorges des Gas ガ渓谷

 ⇒●この場所: Glandage グランダージュ村




 ⇒ Col de Grimone グリモーネ峠(1318m)  ⇒ Col de la Croix Haute クルワ・オート峠(1179m)  ⇒ Clellesクレル村(2泊)
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●Les Maillefauds レ・マイユフォー〜La Viereラ・ヴィエール集落 へ ハイキング

Glandage
【Les Maillefauds方面:35分1.7km】
 前回2002年、この村に来た時に感じたのですが、この村の北東「Col de Grimoneグリモーネ峠(1318m)」方面も、(帰国後調べた)南東の方向にある「Col de Lusルス峠(1480m)」も同じような高さの低い山道。行先は同じように「La-Caireラ・ケール」の方面に抜けます。
 峡谷から逃げ延びてきたハンニバル軍はこの先、太い道もない、案内人もいない、地図もない状態なので・・もしかすると・・何人かは「南東」方向の道を辿ったのではないか・・とも思ったのです。
(途中には「Commanderie de Templiers de Lus-la-Croix-Haute」という「テンプル騎士団」関連の礼拝堂の遺跡もあるようです)

 この急襲から逃げ延び「ほっ」とした村と、何かありそうな東の集落にハイキングしたい・・と考えて今回の旅に出たのです。
山道を歩き始めます。
Glandage
【Glandage村の山道から西を見る】

Glandage
【西の集落とガ峡谷の岩山】

Les Maillefauds(レ・マイユフォー) まで山道を。トラクターもあまり通過したことのないような、野の花・・雑草一杯の道です。
Maillefauds
【Glandageグランダージュ村〜Les Maillefauds レ・マイユフォーの道は、野の花・・雑草が一杯】

Maillefauds
【緑一杯の山道】
 山道を・・約1時間
 ・・途中、景色を見ながら・・パン・トマト・チェリーの昼食を取って・・
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●Les Maillefaudsマイユフォー/La Viereラ・ヴィエールの集落(1050m)【●峠・ハイキングDB


 雰囲気のいい集落が現れました。
Maillefauds Maillefauds
【Les Maillefaudsマイユフォーの民家】

Maillefauds Maillefauds
【家畜の水のみ場?】【住人の方と会って話を・・】
集落にあった水場・・家畜用?・・住人らしいお年寄りと話・・   昔は、洗濯場としても使っていたようです・・

●Glandage / Les Maillefauds /La Viere:の昔の農村風景  をNetで探してみました・・
Maillefauds Maillefauds Maillefauds
【左:撮影1936年:レ マイユフォー村の洗濯場の風景。<by Net>・・多分上の水場の場所だろう】
【中:撮影1945年:鎌を使った収穫作業。左側では、 腰をかがめた農民が片手に束を持ち、もう一方の手でトウモロコシの穂を数本渡してつなぎ合わせている。<by Net>】
【右:撮影1952年:農場の門前に牛が2頭。左側は、畑に運ぶものを運ぶために使用されるそり<by Net>】


--- 集落を歩いていると・・2人づれに会い・・話し込む・・「この先の la Viere(ラ・ヴィエール) に小さな礼拝堂がある」との情報を入手。
Maillefauds Maillefauds
【2人づれに会い】【この先の la Viere(ラ・ヴィエール) に小さな礼拝堂がある・・との情報を入手・・牧草畑の中を・・】

わかりにくい道を・・何とかたどり着き・・
la Viere la Viere
【la Viere ラ・ヴィエール の礼拝堂と内部】

礼拝堂から外に出ると・・先ほどの二人が<多分道に迷っているのではと心配して?> 見に来てくれ・・「我が家にお茶に来ないか」とのお誘い。

話しながらLes Maillefaudsに戻り、家へ。

マルセイユに家があり、ここが別荘。
子供息子ふたり、孫3人。この週末、皆が集まる。
 4-6室あって、暖炉も
 コーラ、ジュースをいただき、クルミを貰う。竹とんぼをプレゼント。

 後日、写真付きのメールを貰う
Maillefauds Maillefauds
【プレゼントした竹トンボで遊ぶお孫さんたち】
Maillefauds
【別荘にお邪魔する】


帰り道の下りは自動車道を歩いて・・
Maillefauds Maillefauds
【ポピーなど、花いっぱいの牧草地】【La Viere/ Maillefauds への案内板】

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●Glandageグランダージュ村
Glandageの集落に戻ると、毛並みの良い馬たちが・・ヴェルコール地方自然公園の周辺を、乗馬でツアーするのでしょう。

 ○Le Ranch du Chateauキャッスル乗馬牧場【乗馬育種、ハイキング、野営地、ポニー クラブ】

Glandage Glandage
【毛並みの良い馬たちが・・】

そしていい雰囲気の建物が・・ホテルでした・・
Glandage

Glandage Glandage
【Le Colombier ホテル】

村の集落をちょっと散策・・
Glandage
【村の西:ガ峡谷側に・・】

Glandage
【集落の民家】

Glandage-Maillefauds-Map Glandage
【黄色=散策ルート】【地質図:ガ峡谷とグランデージ村】


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【赤色:ドローム川〜ガ川〜グリモーネ川に沿ったハンニバル軍推定ルート】
Elephants

●「ハンニバルと象」が、この地を進軍した状況など(推定-010)


●カルタゴの将軍ハンニバルと象が越えた峠
●有力推定ルートのIndex

 ・前のポイント=001:生誕〜ローヌ川着
 ・前のポイント=002:ローヌ渡河+渡河戦
 ・前のポイント=003:ハンノの分遣隊ルート
 ・前のポイント=004:「島」
 ・前のポイント=005:ドローム川に沿い
 ・前のポイント=006:Dieディの前まで
   <006a:Crestクレス付近(2002年紀行)>
 ・前のポイント=007:Dieディ
   <007a:Dieディ(2002年紀行)>
 ・前のポイント=008:Chatillon en Diois シャティヨン・アン・ディオア
   <008a:Chatillon-en-Diois シャティヨン・アン・ディオワ(2002年紀行)>
 ・直前のポイント=009:Gorges-des-Gatsガ峡谷
   <009a:Gorges-des-Gasガ峡谷(2002年紀行)>
  ↑↑
★このページ=010:Glandageグランダージュ村〜Les Maillefauds レ・マイユフォー〜La Viereラ・ヴィエール集落
   <010a:Glandageグランダージュ村(2002年紀行)>
  ↓↓
 ・次のポイント=011:グリモーネ峠〜ベーヌ〜ガップ〜ポンソン
   <011a:グリモーネ峠>〜 <011e:Poncon ポンソン(2002年紀行)>


<この地に到達時のハンニバル軍の推定状況>
・ハンニバルの全軍が「ガ峡谷」で襲撃され、この平坦なグランダージュ村に入ったのは、BC218年10月16日頃。
・「ガ峡谷」でのハンニバル軍の被害は、歩兵2千人、騎兵400、象2頭。駄獣3千頭、使役の民間人500人
⇒その結果
・軍の規模は、歩兵3.6万人、騎兵7.3千騎、象35頭。
・軍の荷物を運ぶ「駄獣」は4-5千頭、使役0.5-1.5千人。
・襲撃した山岳族アプロゲスの大半はハンニバルの軍に殺され、生き残ったものも敗走し、居住地に追い立てられた。

●ハンニバル軍の状況
 数万人もの軍と象が、あの不気味に切り立った岩肌の渓谷の方面から、この村に逃げ込み、そしてグリモーネの峠に向かって急ぎました。

 あの・・突然の・・隊列のずっと後、峡谷のほうから、馬のいななき、象の雄たけび、そしてたくさんの男たちの悲鳴がこだましてきて・・・軍の中に大きなざわめきが流れたのです。
 しばらくして、パニックになって走ってくる裸馬、逃げてくる兵士、象使いたちをふり切り 鼻をふり回す象、さらにぞくぞくと怪我をした兵士。
 数人で運んできたタンカの上、馬の背には、生き絶え絶えの戦士。この目の前の刈り取った後の牧草地は、それらの兵士たちで埋め尽くされたのです。

 そして、まだ渓谷に入る前の残りの兵士たちも、またいつ襲われるのかと不安な気持ちで、10kmほどの渓谷の薄暗い谷間を進みました。谷の下から聞こえてくる悲鳴や、動物たちの悲しい泣き声を耳にしながらやっと抜け、そしてこの明るい村を見つけほっとしたのです。
 生きのびた嬉しさを味わったでしょうか。あるものはふるさとに残した妻・子供・家族を思い、あるものは神に感謝したでしょう。

 ハンニバル28歳、はじめての大きな痛手を負ったのです。
 部下の歩兵2千、騎兵4百、象2頭、駄獣3千頭、使役500人を、あの峡谷で死なせてしまったのです。
 皆ハンニバルに従っていれば負けることはないという気持ちで、スペインの地から4カ月。一緒に行軍し、食をともにした部下でした。毎朝夕 作戦をともに立てていた隊長も、30人ほど到着しないのです。それぞれが約100人の部下を持つリーダーたちでした。

 指揮官として初めての大きな試練です。何をすべきかを悩み、そして老知恵者と相談します。
「何隊かを負傷者介護と、死者の弔いのためにこの地に残す」 「他の部隊は、この先の山を越えた安全な地に進軍させ、1日の休息を取らせる」と判断した可能性が大きいのです。

 今、僕たちは奇襲現場の先の、この村にいます。この足元に多数の兵士、馬、象、そして軍の荷などが眠っている可能性が。
 ここにカルタゴの祭壇、ケルトの墓などをつくり、目印の巨岩などの名前を後世に伝えようとしたのでは。
 Glandageグランダージュ(Gland-age:古いどんぐり→Grand-age:大昔?)村、Grimoneグリモーネ(Grimoire:魔法使い?)峠、さらにはGasガ(Ga→Galleyガリア?)渓谷などという地名にその名は残っているのでしょうか?

BC3-4:首飾りのガラス玉
『カルタゴ:BC3-4:首飾りのガラス玉』
女神エポナ:ガリア・ローマ時代
『ケルト:女神エポナ:ガリア・ローマ時代』
古代ローマ:神殿
『古代ローマ:神殿・石柱』

紀元前218年頃の宗教はどのようなものだったでしょう。
 (まだキリストは生誕していません)

・カルタゴの宗教(ハンニバルの母国)
  パレスチナ付近(旧約聖書のエリア)を祖先とし、チュニジアにあった国。
  海・貿易で栄えた国。
  バール・ハモン、女神タント:豊饒の女神・・・農業の神
  人身御供もあった
    『カルタゴ興亡史』松谷健二著 白水社1991.4


・ケルト人の宗教(アルプス地域の部族)
  迷信深い人々、自然界のすべてのことが神に結びついている。
   (この民族に文字がなく言葉で伝えてきたため、体系的な記録が残っていない。)
  地母神、部族神、主神群像、神聖動物、陣頭崇拝・・・・
    『ケルト文化誌』バリー・カンリフ著 原書房1998.11


・古代ローマの宗教(ポエニ戦争時代)
  古くから多神教。自然界に神が宿ると考え祭礼を行い、いけにえをささげた。
  農耕・牧畜にかかわる神=軍神マルス、天空の神ユピテル、かまどの女神ウエスタ、など。
    『古代ローマ:Newtonムック』アンソニー・ブリアリー著 教育者出版1996.9


  どの国も、多神教で、主に農耕にかかわる神を信じていたようです。

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■参考資料:
本:Polybiusポリュビオス著 『ポリュビオス 歴史〈1〉』城江良和訳:京都大学学術出版会(P-page)
本:Gavin de Beerギャヴィン・デ・ビーア著 『ハンニバルの象 ALPS and ELEPHANTS』時任生子訳:博品社(G-page)
本:John Prevasジョン・プレヴァス著『ハンニバル アルプス越えの謎を解く HANNIBAL CROSSES THE ALPS』村上温夫訳:白水社(J-page)
本:Hans Baumannハンス・バウマン著『ハンニバルの象つかい』大塚勇三訳:岩波書房:(H-page)
https://penelope.uchicago.edu/Thayer/E/Roman/Texts/Polybius/3*.html【Polybius/歴史第3巻】
https://omnesviae.org/#【OmnesViae:Roman Routeplanner:Google-Mapsにポイティンガー図を展開】
本:新潮文庫:『ローマ人の物語「すべての道はローマに通ず」上:No.27 p.177〜』塩野七生:(SN-page)
本:The Green Guide:『French Alps』2020 Michelin:(M-page)


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