Time/Data |
【ヨーロッパ・アルプスのハイキング地図】 【国別地図】 【日本語ガイド本】 |
【濃い緑のルートが Petit Belvedere du Viso ヴィーゾ小見晴台を経由し、 Belvedere du Visoヴィーゾ大見晴台までのルート =Guilギル川の流れ・・・クリックで拡大します】 |
●「ハンニバルと象」がこの地(推定)を進軍した状況など−− ポリビオス(BC200-BC118)の記述による。「」は推定の地名 −−●前のポイント「Petit-Belvedere-2」← 【●ハンニバルの有力推定ルート】 →●次のポイント「Belvedere du Viso2」
約4カ月半前、スペインを出たカルタゴの軍は、このギル川源流に10月18日夜到達。気温が下がり、時には雪もよう。この先の峠道の工作、軍の再集結、休養のためこの付近に留まる。 <この地のハンニバル軍> 紀元前218年10月21日早朝:ハンニバルは、軍の最前線のイタリア国境の「トラヴェルセッテ」峠の頂上付近に、全部隊の指揮官を集結する。 実は、前方の道路工作隊からは、「トラヴェルセッテ」峠のイタリア側の斜面はあまりにも厳しいこと。傾斜、雪、岩などの条件があまりにも悪く、強靭な兵士のみでも大変なのに、象・荷車を含む全軍を通過させることは無理との報告があった。 一方、ここ2日ほど、山道の工作のため休養している後続の兵士側からも、体力を回復させるための食糧が、先の2回の奇襲で底をついたこと。10月末で時々雪となり、朝夕は特に水も凍る寒さをしのぐための、テント・衣類などを失っている。死んだり役の立たない馬などを食べ空腹・飢餓をしのいでいるが、一刻も早くの措置判断を仰いできた。 さらには、負傷者、弱者の衰弱ばかりか、軍の傭兵などの士気も衰え、このままではハンニバルに敵対し、離反しかねない状況の報告も来ていた。 ・・・・・ 午後、ハンニバルの元に集まり、次の指示を聞いた部隊長が帰ってきて・・・翌早朝の出発を告げた。 もう峠の下はイタリアだ。・・・敵、ローマもわれわれの手中だ・・・と。 アルプスの登り道から11日目。イタリア国境の峠越えまで残り4日。 軍の規模は、歩兵2.9万人、騎兵6千9百、象20頭。 ●前のポイント「Petit-Belvedere-2」← 【●ハンニバルの有力推定ルート】 →●次のポイント「Belvedere du Viso2」 ・・・皆さんの想定、推測情報などありましたらお願いします 参考資料: この記載情報はポリビオス(BC200-118)の記述による。これをもとにルートを推定・解説している本は以下のものである。 ・Gavin de Beerギャヴィン・デ・ビーア 『ALPS and ELEPHANTSハンニバルの象』時任生子訳:博品社(G-page) ・John Prevasジョン・プレヴァス『HANNIBAL CROSSES THE ALPS ハンニバル アルプス越えの謎を解く』村上温夫訳:白水社(J-page) ・Hans Baumannハンス・バウマン『ハンニバルの象つかい』大塚勇三訳:岩波書房:(H-page) ・The Green Guide:『French Alps』2001 Michelin:(M-page) |
Time/Data |
【ヨーロッパ・アルプスのハイキング地図】 【国別地図】 【日本語ガイド本】 |