2003年の旅:概略ルート & 思い出のシーン
スロヴェニア(スロベニア)、オーストリア、イタリア、ドイツの山岳ドライブ
2003.6.5-6.22の、東アルプス15日間のドライブ、ハイキング、村の散策・・・毎日毎日が感激・充実・満足した旅で、僕たちは勝手に「グレイト・ジャーニー」と言っていました。
[北村 峠一]
旅のルートに沿って概略を書きはじめましたが、どの場所・シーンひとつとっても、あまりに思い出が大きすぎて言葉でうまく表現できません。写真を沿えて列記してみます。
【赤実線が走行ルート。
●クリックで別窓に概略説明】
●旅のルート:
ドイツ:
→ミュンヘン空港で車借り(6/6金AM)→Braunau-Am-Innブラウナウ・アム・イン→
<一般道を東に・・・イン川の橋を越え、ヒットラーの生誕の町でオーストリアに・・・>
オーストリア:
→Salzkammergutザルツカマーグート:Mondseeモントゼー湖(6/6金:泊)→Potschenhohe峠▲(992m)→Hallstattハルシュタット→
<モントゼー湖畔からのシャーフベルクの頂き。教区教会、マリーア・ヒルフ礼拝堂に・・・ハルシュタットには前回と反対側の対岸方面から>
【373.jpg:モンドゼエーの教会:サウンドオブミュージックのマリアが結婚式を挙げた教会】
→Dachsteinダハシュタイン:Ramsauラムサウ→Hunerkogelフーナーコーゲル(6/7土:泊)→
<ラムサウで宿を探しながらパノラマ道路を1680mまで・・・ロープウェイの上Bergstation2700mからの展望は圧巻。ガストフHunerkogelの夕朝の眺めも>
【394.jpg:フーナーコーゲルの海抜3004mのダハシュタインの山頂雪渓】
→Tauernタウエルン:Radstadter-Tauern峠▲(1739m)→Twenger-Talpas峠▲(1381m)→Solkpas(1790m)峠▲→Murauムーラウ→St.Martinザンクト・マルティン(6/8日=オーストリアの祝日:聖霊降誕祭:Pfingsten=:泊)→
<タウエルンの深い谷。現代建築のムーラウの暑さ。ムール川をさかのぼり、ザンクト・ミヒャエル、ザンクト・マルティンへ。Murauerムーラウワー・ビールの薦め上手なガストフの娘、「こんどはワインに」と言ったら、「え、ワイン飲むの?」と。しぶしぶ「ビールをもう一杯」>
【420.jpg:ソルク峠】
【427.jpg:ザンクト・マルティンの教会の壁画・・・松味先生の壁画の本を読んだことから?・・・あちこちで壁画が気になって】
→Nockberge:Katschberg-hoheカッチュベルク峠▲(1641m)→Nockalmノックアルム自然公園:Schonfeld峠▲(1740m)→Eisentalalm峠▲(2042m)→Schiestelscharte峠▲(2015m)→Turracher-Hoheトゥラッハ峠▲(1783m)→Flattnitz分水▲(1400m)→Friesachフリーザッハ→Althofenアルトーフェン(6/9月=オーストリアの祝日:聖霊降誕祭の月曜日:Pfingstmontag=:泊)→
<ノックアルム自然公園の見晴らしのいい高原道路。祝日でフリーザッハ、アルトーフェンでの安宿探しはちょっぴり難航・・・がこの宿は素晴らしい。休みで泊めてくれた宿の主人と、ガールフレンドに感謝>
【448.jpg:アルトーフェンの城内】
→Lavanttaler:Klippitztorl-H.峠▲(1644m)→Weinebene峠▲(1668m)→
<シュタイヤーマルクのワイン畑が点在する丘陵地を行き・・・Leutschachロイチャッハの東で国境に。車のグリーンカード、荷物チェックなど旧東欧のいかめしさ>
スロベニア:
→Pohorjeポホリエ:Mariborマリボル→Lovrenc-na-Pohorje(6/10火:泊)→Koca-Na-Peska/Rogla峠▲(1517m)→
<初めてのスロヴェニア(スロベニア)。駐車も難しいマリボルでTolarトラールに換金し、幅広のDravaドラヴァ川に沿ってさかのぼる、どの車も猛烈な速度。山道に入り・・・宿を探すが、ガストフはレストランだけでベッドは無い。「この先の村にあるよ」・・・Penzion-Juli(Miki-Dara-Savicさん)は一生忘れない。村の人たちと、スロベニア語と英語での会話が弾み・・・結婚30周年の記念日のお祝いにと、庭先の大輪のバラが・・・翌朝、村の人たちとの挨拶>
【459.jpg:ロブレンク・ナ・ポホリエの宿のご夫妻】
→Postojnaポストイナ・アドリア周辺:Postojna(6/11水-12木:泊)→Postojnaポストイナ鍾乳洞→Predjamskiプレッド洞窟城→Piranピラン→
<ポストイナに2泊・・・トロッコに乗って1時間半の鍾乳洞見学は、大規模なおとぎの国。この水はドナウ川方面に分水。プレッド城の水はトリエステ側に。ピランの濃緑の海と、灼熱の太陽>
【01.jpg:ポストイナの鍾乳洞とトロッコ(撮影禁止だったのでパンフレットから)】
【462.jpg:プレドジャマの洞窟城】
【471.jpg:アドリア海・ピラン】
→Julijske-Alpeユリアン・アルプス:Petrovo-Brdo峠▲(804m)→Boh.Sedlo峠▲(1277m)→Bohinjskoボヒニ湖(6/13金:泊)→Bledブレッド湖(6/14土:泊)→Wurzenpas峠▲(1073m)→Vrsic峠▲(1611m)→Predil峠▲(1150m)→
<サヴィカ滝までの往復2時間。ブレッド湖一周の5時間・・・真夏の湖畔では、若い娘が胸を出して日光浴。Vrsic峠は、登山者の車が一杯で駐車できない>
【491.jpg:ボヒニ湖の西、Savicaサヴィカ滝】
【504.jpg:一周したブレッド湖・・島に聖マリア教会と、遠方ブレッド城】
イタリア:オーストリア国境:
→Karnische-Alpen:Sella-Nevea峠▲(1190m)→Cason-di-Lanza峠(1552m悪路断念)→Nassfeldナスフェルド峠▲(1530m)(6/15日:泊)→Plocken峠▲(1357m)→
<Cason-di-Lanza峠・・・ぼろぼろの岩が林道を流れ、悪路で断念・・引き返す。ナスフェルド峠のAlpenhof・Plattnerホテルは展望・山歩き・高山植物観察に最適。パオロ・サントニーノの峠道、峠のおみやげ屋のおばさんたちは陽気で>
【527.jpg:ナスフェルド峠の山】
【557.jpg:(左)ゲンティアナ・コキアナと?、(右)キク科の花】
イタリア:
→Sella-Valcada峠▲(958m)→Forcella-Lavardet峠▲(1542m)→Sella-di-Razzo峠▲(1760m)→Sella-Ciampigotto峠▲(1797m)→Vigo-di-Cadoreヴィーゴ・ディ・カドーレ(6/16月:泊)→Zovo峠▲(1476m)→Kreuzberg▲クロイツベルグ峠(1636m)→
<1976年の地震で傾いた教会。雨が降ったら決して通ってはいけない峠道。ヴィーゴ村の散策の周回路では、何度も同じ人たちと会って・・・チャオ。クロイツベルグ峠で、ヨーロッパアルプスの大・分水嶺・自動車峠は全通過!?>
【575.jpg:ヴィーゴ村の宿の女将2世代】
【576.jpg:クロイツベルグ峠で、大・分水嶺自動車峠は全通過!?】
→Misurina湖→St.Angelo峠▲(1756m)→Tre-Cime-di-Lavaredoドロミテ・トレチメ・デ・ラヴァレード(ドライ・チネン)→Dobbiaca峠▲(1170m)→
<6年前、濃霧で何も見えなかった名峰が目の前に・・・ハイキング最後に雷雨が襲ってきて・・・>
【595.jpg:アウロンッオ小屋からラバレード小屋、峠を越えて北側から見るトレチメとLonge-Alm】
【589.jpg:トレチメの岩ととゲンティアナ・バヴァリカと?】
オーストリア:
→kartitschカルティッシュ(6/17火:泊)→Lienzリエンツ→Iselsbergイゼルスベルグ峠▲(1204m)→
<6年前の宿に泊まる。若い人たちが仕切っていて、おかみさんはもう引退?・・・夜お会いでき、懐かしい話が出来ました。>
【610.jpg:丘陵地のカルテッシュの牧草干しは、独特な風景を作る】
【612.jpg:6年前の女将さんの写真と並べると・・・】
→グロスグロックナ:Heiligenblutハイリゲンブルート→Franz-Josefs-Hoheフランツ・ヨーゼフ・ヘーエ(6/18水:泊)→Hochtor峠▲(2505m)、Fuscher-Torl峠▲(2428m)→
→Dientner峠▲(1357m)→Werfen→Kuchl→St.Leonhardザンクト・レオンハルド(6/19木=オーストリアの祝日:聖体拝受祝日/聖体節(Corpus Christi)で、復活祭の61日後。特にチロル地方の行列は有名だそうです):(6/19木=Fronleichnam=:泊)→
<比較的明るい雲で、グロスグロックナー山頂(3797m)も見えたが、翌朝は雲が低く垂れ込め、山岳道路は数m先がやっとの時も何度か・・・11年前がまっ晴れだったからトレチメも併せて+-。オーストリアはまたも祝日で・・・安宿見つけに手間取り・・・ザンクト・レオンハルドの壁絵の宿、部屋のドアの絵も料理も最高でした>
【01.jpg:2369mのフランツ・ヨーゼフ・ヘーエのアルペン・ガストフに泊まる】
【01.jpg:ドイツ国境に1kmの壁絵のガストフ】
ドイツ:
→Berchtesgadenベルヒテスガーデン:Kehlsteinケールシュタイン(鷲の巣)→Hinter-Seeヒンター湖→Schwarzbach-Wacht峠▲(868m)→
→Erdingエルディング(6/20金:泊)→ミュンヘン空港で車返却((6/21土AM:走行距離2533km)
<ドイツ人にとっても、ケールシュタイン(鷲の巣)の山荘に来ても、ヒトラーのことは嫌がる。ましてオーストリアの田舎では、「ベルヒテスガーデン」の名前だけで騒ぎ出すビール酔っ払いもいました。空港近くに宿を取ろうとエルディングに入るが、なかなか旧市街の入口が見つからず。やっと見つけた宿はカラフルな家並みの広場に面し、地元のビールErdingerエルディンガーの濃い味はうまかった。>
【624.jpg:ヒトラーの鷲の巣山荘にあるエーデルワイスの十字架】
【630.jpg:エルディング】
フランス(乗換):
→Paris
<乗り換えの時間を、Yさんに30年ぶりのパリを案内してもらう。夏至のお祭り最中、人種のるつぼ・活気ある街・・・街角・建物のあちこちに、歴史の年号などが書き込まれ嬉しくなった>
【642.jpg:凱旋門のロータリーは怖い?】
その他、旅の間に・・・
●会話のこと
:
→私は簡単な英語のみしか話せませんが、今回の旅先は・・・ドイツ語、スロベニア語、イタリア語圏。どこの田舎に行っても英語で会話しました。最初スロベニア語・ドイツ語しか・・と言っている人たちが、単語で話しているうちに皆通じてくるのです。会話をしているうちに、新しく加わった村の人がその知人に「あんた英語で話しているのか?」と聞いていましたから、きっとスロベニア語でもなかったのでしょう。
→宿の女将さんたちの中には、前日解らないと娘を呼んできたりしていたのが、翌朝になったら突然英語をぺらぺらと話し始め、こっちが唖然とする場合も。
→最初から英語で会話できる人は・・・もう相当な使い手で・・・「互いに外国語だから、下手でも気が楽」と思っていたこちらが恥ずかしくなるほど・・・一種のカルチャーショックです。
●円安・物価など
:
→日本円が安くて、1ユーロ:140円ほど。2-3年前の80円台の時の旅に比べ・・・。頭の中は長い間1ユーロ100円で換算していたので、4割物価が上がったような感覚。早く日本経済頑張ってほしい・・・切実です。
→スロベニアでは、現地通貨トラールより、ユーロ通貨が幅を利かせ、出来るならユーロで支払ってほしそうな態度があちこちで見られました。・・・が、銀行での換金率はユール:トラールが1:230なのに、1:200(計算簡単)で・・・ユーロで払うとまず損。
●レンタカーと旧東欧、車のこと
:
→
スロベニアにはイタリアのレンタカーは入れない
。オーストリアからは保険増額。ドイツからはokだが車種規制・・・
旅のドライブ技術・ルート検討なども参照
→スロベニアの田舎に行くと、小さ目の車がたくさん走っていて、YUGOと書いた古い車がたくさん、素晴らしい加速で山道を走っていました。独立11年なのでそれくらい経った車でしょう。後継車はルノーやフィアット、スズキやダイハツなどもコンパクトな車の中にありました。
→スロベニアでは走行中はヘッドライト点灯のルールなのですが、買い物や給油などのあと点灯をつい忘れることがまま。パトカーがけっこう頻繁に走り、そのたびに、あ、灯いているかな?と・・・
→今回、ドイツで借りた車はPeugeotプジョー206(5段マニュアル、3ドア・ハッチバック、3700km走行のほとんど新車)。荷物室が若干狭く、5ドアに比べ後部座席の荷物の取り出しにくさに、スタート前は不満でしたが・・・軽い、早い。峠道もスイスイ。1600ccくらいあるのかと思っていたのが、旅の終わり頃Fahrzeugschein車両証明書・・グリーンカード(?)見たら1360ccしかなくて・・・脱帽です(74馬力ですが1ton以下・軽いのです)。ほとんど山道中心に
2,533km走って、燃費も16.5km/L
と経済的でした。
●天候のこと
:
→旅行中、好天でした(最後のグロスグロックナーの1日だけ、雨模様でしたが)。ヨーロッパ全域、旅の前から8月頃の天候がずっと続いていたようで、時々見るTVは枯れた農作物を写していました。喉の渇いた夕方のビール(各地の地ビール)が、これほど待ち遠しく・おいしいと感じた旅も珍しいほどでしたし、スロベニアではおかげで、日光浴の裸の娘達をたくさん見ました。
●その他
:
→日本の昔のTVアニメ・・「ドラゴン・ボール」を吹き替えなしの日本語で放映、字幕だけをスロベニア語にしていました。
→子供達の間で、タトー(刺青)シールが大流行? ・・・・・
→SARSの関係で、宿を確保時に嫌な顔されるのではなどと心配しましたが、成田を飛び立ってからはすっかり忘れました。
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