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プレット洞窟城
【56.jpg:城の壁面には紋章の壁画が描かれている】

Predjamski-Grad/Predjama-Castleプレット洞窟城
 垂直に切立った岩の洞窟、こんなところにどうやってこの城を作ったのでしょう

 1202年にはすでにここに城があったようです。ということは、ハプスブルク帝国の前、神聖ローマ帝国の時代に、東からのオスマントルコの侵略に対するために造られたのでしょうか?
[北村 峠一]      


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【07.jpg:岩山の洞窟に造られた城。
手前の斜面は、城主が古来の儀式を行うための場所】


<2003.6.12(木)>
 ポストイナ鍾乳洞から山道を西に向かいます。普通なら迷ってしまうような丘陵地を、Predjamaという道路標識だけをたよりに 右・左・上り・下りの道。約10kmほどで到着です。

 見学客をほとんど見ない平日。駐車場から見えた城の外観は神秘的で、岩の洞窟、緑の斜面にばかり目を奪われ、途中で入場券を売っているのを見逃してしまいます。城の入口で「券は?」と言われ「?」

 帰りに800Sit(≒480\)支払うことで城に入ります。


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【26.jpg:右の斜面に城に向かう道があり、城の入口はハネ橋で遮断できるようになっている】 【55.jpg:城内の開口部から下を見る。城壁を登ってくる敵を、岩を落として狙えるようになっている】


 城の内部は撮影可能で、パンフレットを見ながら自由見学です。はね橋があり、石を落としての攻撃など、守りに徹した造りの城。後ろにある洞窟は、秘密の通路をいくつも持ち、長期の篭城も可能といいます。

 この城は1202年にはすでにあったようですが、城にまつわる伝説に、
ハプスブルク帝国のフリードリッヒ3世(1415-93)の時代、大強盗 Erazem (エラスムス)は要人を殺しこの城に隠れた。ハプスブルク家の軍隊はこの城をとり囲み、食糧攻めにしようとするが、洞窟を通って食糧の補給を受けたエラスムスは、6か月以上耐える。しかし最後に、使用人の裏切りで亡くなったとあります。

 ハプスブルクの支配下にあった時代、その支配者に対する抵抗の話はスイスのウイリアムテルを思い出させますね。
  (スイスの建国は1281年です。)

 中世の時代と思われる、当時の城主・家来・武器なども展示されてあり、さらに裏の鍾乳洞の入口にもいくことが出来ます。

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【72.jpg:彼がエラスムスなのでしょうか? 内部には当時の城主・家来・武器などの展示がある】

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【87.jpg:女・子供のいる部屋、はた織なども】

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【78/80.jpg:城の背面にある洞窟は、ツバメが何羽も出入りして。さらに奥に向かって、立ち入りは出来ないが、鍾乳洞が続いている】 【60.jpg:窓から見る駐車場方面の景色】

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【462.jpg:見事な岩山の洞窟の中に建てられた、歴史ある城だった】
<関連のサイト>
 ○http://www.burger.si/Predjama/【プレット洞窟城の各部・全景】
 ○http://www.postojnska-jama.si/en/castle.htm【postojnska-jama】

 ●二宮書店『地理月報』の裏表紙で紹介されれる(2005.5.31)



【ポストイナ、プレット、シュコシャンの鍾乳洞の位置と、そこに流れる川。
赤の線は大・分水嶺(左は地中海に、右はドナウ川に流れる)】
 ●クリックで拡大

●Razdrto, Postojnaの分水嶺【●峠DB

 プレット鍾乳洞の南西に、低いですがアルプスの分水嶺があります。それが「Razdrto, Postojnaの分水嶺」で、琥珀街道、古代ローマの道でもある歴史的な峠道です。

 高速道路はこの峠で3方向に別れ、北西には「Nova-Goricaノヴァ・ゴリカ方面」、南西には「Piranピラン方面」、東には「ポストイナ、リュブリャーナ方面」へ・・と・・今でもスロベニアの大街道です。

 Razdrto分水嶺と、東側(ドナウ川流域)にあるポストイナの鍾乳洞・Pivkaピヴカ川・プレット鍾乳洞、西側(地中海側)にあるSkocjanシュコシャン鍾乳洞・Rekaレカ川の位置を大・分水嶺(赤い線)で図示してみました。

 この南西にあるシュコシャン鍾乳洞は、スロベニアで唯一の世界遺産(1986年)で、レカ川はイタリアのモンファルコーネに湧き出し、トリエステ湾に注いでいます。また大・分水嶺はこの先さらに南東に、クロアチアを経てサラエボの方に向かっています。


【razdrto-postojna125:Razdrtoの分水嶺の北にはNanos/Plesa山(1262m)がそびえている】

<シュコシャン鍾乳洞の近くを通過し、アドリア海のピランに向かいます。・・・・>
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