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South Tirol/Doromiti/Engadhin -8/9
南チロル・ドロミテ・エンガディン旅日記


7/2(水) Aus:IMSTイムスト→Aus:FULPMESフルプメス


・ 車:宿〜imst【お面探して街の中を歩くが、ない。店で聞いてもnon。】

■8th day's Map
〜oetz付近からKuhtai Sattelクータイ峠▲2017m山越えルート【〜schonberg(innsbruckの南)
 (この峠のクータイ村は、オーストリアで一番高いところにある通年定住の村:各国別(アルプスエリアとヨーロッパ)の一番標高の高いところにある通年定住の村
 〜この山越えは良さそうと期待していたが、観光バスも走っていたが、残念ながらそれほどでも】

■Stobaitall's Map
〜(高速代:70s≒0.7k\)【stubaitalの谷】


〜12:30Neustift【ノイシュテフト ケーブルで登れるはず→リフト見つからず→行き過ぎ・戻る→2人乗りリフト(300s≒3.1k\)→降りてから約30分登り(子供が付いてくる、日本人の老夫婦)→山小屋→良い景色のところまで歩き。花の写真取りながら下山】

■Fulpmes's Map
〜fulpmesフルプメス17:00宿【宿確保しよう→事前入手のMAPで宿探す。あまり良い眺めの宿に巡り会わず。→空いているか?ok→しばらくして若い娘(英語ができる)が部屋を見せてくれる→北の部屋NG→南OK】

・ 市内散策fulpmes 夕食後、村の常設ホール(屋外の広場)で音楽会だった。シュナップス(強い酒)を民族衣装の女の子が配って歩いているが、寒い。風もあって寒い。引き上げる。
 宿の斜め前のペンション/アパート?はイスラム系?の人たちが住んでいる。かなりたくさんの外国人がこの街には働いている?

●フルプメスにイスラム系の人が多い理由

・Fulpmesは採掘、冶金、鉄加工産業で栄えてきた。
・鉄工業界は、1960年代から1970年代にかけて人手不足の影響で、特に商工会議所が主にトルコ人労働者を募集するようになった。
・1990年代には、ボスニア難民の流入に加えて、バルカン戦争も民族移動をもたらした。
・Fulpmesの4000人の住人のうち、約700人がオーストリア市民権を持っていないが、過去数十年にわたって500人以上の外国人が帰化した。
・Fulpmesはイスラム教徒の数が多いため、キリスト教の教会を持つだけでなく、10年以上にわたってモスクを持っている。

https://de.wikipedia.org/wiki/Fulpmes

Fulpmesフルプメス(Telfesテルフェス)にある壁絵「大きなクリスマス飾り」 調査


・ 泊:Fulpmes Gasthaus Hofergasthaus-hofer(夕食込み:800s≒8.3k\/2人)【建物の割に泊まれる部屋は少ない。どうも会員制(?企業の貸し切り?)の部屋が半分以上を占めているように見えた。】

・ internet(??付近):
・ etc 車110km 12,000歩

7/3(木) FULPMESフルプメス〜pactscherkoflパチャコーフェル山歩き〜innsbruck市街


・ 車:宿〜谷を越えられず:高速に乗ってヨーロッパ橋使って対岸に〜

<以下 pactscherkofl山歩き〜インスブルック市内 へ>
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